自分の欲しいものは自分で手に入れればいい

自分が欲しいと思うものならば自分の力で手に入れるっていうのは、当たり前のように思うかもしれないけれど、当たり前すぎて気づかないうちに忘れてしまってることがある。

例えば、食べたいものや飲みたいものがあるならそれが売ってる店に行ってお金を支払って買うだろう。

でもやりたいことが出来る環境だとか、好きなように生きられる人生となると途端に自力で手に入れるということを忘れてしまい、誰かがそれを与えてくれるのを待ってるだけで文句を言って何もしようとしなくなる。

 

なぜなら、手軽に手に入らないからどうしたらいいのか分からないんだ。

単純に考えてしまえば、人に不満をぶちまけてどうにか他人が与えてくれるのを待っているよりも自分が欲しいものなんだから自分の力を使ってそれを手に入れるしかないはずなのに、方法が分からないから誰かに責任を押し付けている。

 

欲しいものを誰かが目の前に差し出してくれるなんて都合の良いことは起こらないのに、それを待っているばかりでは欲しいものが手に入ることはないだろう。

全てを運に任せて宝くじでも買ってるような気分でいる。

仮に運良く誰かが与えてくれるとしても、それは自分で手に入れるために行動を起こしていたからこそ転がってきたチャンスをつかんだってことなんだよ。

 

生まれや環境や時代のせいにして自分で動こうとしなければ、周りに文句を言って足を引っ張るような人間になるだけだ。

結局、最後につまらない人生だったと思って果てていくのは他ならぬ本人であって、その責任は誰もとってくれない。

だから自分の欲しいものを手に入れるためにはどうすれば良いのか、真剣に向き合って方法を探すしかないんだ。

 

ふだん見落としているだけで探そうと思えば情報はそこら中に転がっている。

人生を賭けてまで手に入れたいものならば、本気で探せば何かしら方法は見つかる。

探すという行為をすることで、より一層くわしい情報が入ってきて情報が情報を呼ぶ状態だって作り出せるんだ。

 

そして情報を探して満足してしまえばノウハウコレクターで終わってしまうから、実際に行動に移してみて、その情報が自分にマッチしたものだったのか?それとも自分に合った方法ではなかったのかを確かめていくことになる。

 

もちろん上手くいくことばかりじゃないし失敗することもたくさんあるだろう。

それでも諦めずに探し続けることでしか、自分の欲しいものを手に入れることは出来ない。

誰かに文句ばかり言って自分では何もしようとしていなかったと気づいたなら、自分に出来ることを始めよう。

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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