苦手を克服しなくてもいい

残さず全部食べましょうと言われても、苦手なものってどうにもならないもの。

苦手を克服することが当たり前だと思って生きてしまうと、それに疑問を抱くこともあまりない。

苦手なことって気持ちが前に進まないから積極的になれないし、なんでこんなことしなきゃならないんだろうって思いがちだ。

 

苦手な食べ物を食べるのも、苦手な仕事をするのも、苦手な人と関わるのも、本当にきみにとって大事なことなんだろうか?

体にいいからって言われてもそれを望んでなければ意味はない。

出世できるからって言われても未来は不確かだ。

誰とも仲良くできた方がいいと言われても好きでもなければ関われない。

 

苦手なことをするのって、どうなるかも分からない未来のために今を犠牲にしているだけに過ぎない。

それだったら今を大事にして、それを未来に繋いでいけばいいんだよ。

 

だから苦手を克服しなくてもいい。

 

苦手を克服するのはベターであってベストでない

苦手なものがない人はいない。

誰だって何かしら苦手なものがあって、それに頭を悩ませたことがある。

他人から見れば簡単なことで、何を悩んでいるのか分からないようなことだって、苦手な人からすれば大きな問題だ。

 

確かに苦手なことが少なくなれば、困ることも減るだろう。

だけど苦手を克服するのってベターであってベストではない。

 

苦手を克服しようとすると、どうしたってやりたくないこともやることになる。

やりたくてやってる訳じゃないとなかなか上手くいくことってないし、たとえ上手くいったとしても何かの拍子につまずけば挫折してしまう。

 

苦手なことは克服するまでに時間もかかるものだし、きみが苦手とするものを得意な人はいとも簡単にそれをやってのけてしまう。

そうやって挫折と劣等感に阻まれた障害の多い道に進むのがベストな選択と言えるだろうか?

 

何が得意なのかを探してみる

きみにとってベストな選択とは、自分が何を得意とするのかを知り、苦手なことに割く時間や労力を得意なことに振り向けることだ。

きみの苦手は誰かの得意であって、きみがやるべきことじゃない。

きみはきみのやるべき得意なことを見つけて、その得意なことで人に価値を提供すればいいんだ。

 

得意なことは特別に意識をしなくても上手くできるし、簡単に人より抜きんでることができるから自信だって付く。

自信が付けば前向きに取り組むことだってできるし、そのぶん更に得意になる。

こうして良い循環を生むものに労力を注ぐことがベストな選択と言える。

 

わざわざ苦手に立ち向かって、きみが生きている今を無駄遣いしなくたっていいんだよ。

もし明日、死んでしまうとしてもきみはその苦手なことをやるだろうか?

限られた今という時間を有意義に使うためにベストな選択をしよう。

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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