見栄を張ってしまう自分を認めればやめることなんてないんだよ

見栄を張ってしまうのを恥ずかしいことだとか、痛々しいなんて言う人もいる。

自分を大きく見せようとしてありのままの自分で勝負してないだとか、良いカッコをしたいだけで実力がついてきてないとか、何かと理由をつけて批判しようとする。

でも見栄を張ってしまうのは何も悪いことじゃないし、やめる必要なんてないんだよ。

 

見栄を張ることがなぜそんなに悪いことのように言われてしまうのか。

それは自分は正直にそのままの自分でいようとしているのに、そのままの自分以上のことをするなんてフェアじゃないとか、簡単に言えば嫉妬に過ぎない。

良いカッコをして見かけ倒しだなんて言うのも、カッコで勝負できないからこそ嫉妬をして批判しているんだ。

 

こんな人の足を引っ張って自分では何も努力しないような人の言うことは相手にすることなんてないんだよ。

見栄を張ることを悪いことだと批判するような人の言うことを真に受けて、自分の行動を改めようなんて思っていては、せっかくの個性を台無しにしてしまう。

自分がつい自然と見栄を張っているのなら、そのまま続ければいい。

 

ありのままの自分というものがあるとすれば、ついつい見栄を張ってしまう自分もまた、ありのままの自分なんだよね。

そんな自分をいけない事をしているなんて否定しないで、いさぎよく認めてしまえばいいんだよ。

見栄を張ることによって人から良いイメージを持たれたいんだっていう、そんなありのままの自分を認めてさらけ出してしまえばいい。

 

良いカッコをしようとして見栄を張ってしまうことだって、良いカッコが出来ない人間からすれば立派な個性なんだよ。

そんなきみの武器となるような個性を自ら捨ててしまうことなんてない。

良いカッコをしようと思って、良いカッコが出来るのであればそれはきみにとっての武器なんだからそれを誇ればいいんだよ。

 

大事なことは自分自身がそれを長所だと捉えて、しっかりと磨きをかけることだ。

見栄を張るのが悪いことだと思い込んでしまっているうちは、自分の長所を磨くことを放棄しているようなものだ。

せっかく持っている長所も磨かなければ、自分のために活かすことが出来ないんだよ。

 

自分を大きく見せようと見栄を張っているうちに、知らず知らずのうちに自分の実力以上のことをこなすようになって、後から結果はついてくる。

良いカッコを続けているうちにそれが自然と板につくようになって、本当に良いカッコになっていくんだ。

自分にはまだそれは早いなんて尻込みしているよりも、よっぽど効果的でよっぽど早く自分を成長させることが出来る。

 

恥ずかしいことだとか、痛々しいことだなんて思っていないで、堂々と見栄を張ってしまう自分を認めて受け入れるんだ。

そうすればきっと、批判の声が届かないほど高いところにたどり着くんだから。

自信を持って見栄を張ってしまえばいい。

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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