誰とも話したくないなら無理に話さなくてもいいんだよ

生きていれば誰とも話したくなくなるほど塞ぎ込んでしまうことってある。

何だか妙に他人が邪魔に思えて、話しかけられてもうっとうしくて、頼むから放っておいて欲しいという気持ちになることは何もおかしいことじゃない。

誰かに干渉されることなく、一人の時間を過ごせることが心の平穏を保つための方法だったりするんだよね。

 

みんな誰かに干渉したがりすぎで、いちいち他人のすることに口を出さないと気が済まなかったり、自分の寂しさを誰かに紛らわせてもらおうと人を頼る。

誰とも話したくないなっていう時にこんなことをされると、本当にみんな自分の中で何かを完結することができないのかと呆れてしまうもんだ。

 

コミュニケーションが大事だと言われても人と話したくないものは話したくないんだよね。

調べれば分かるようなことを答えが出ないまま、みんなであーだーこーだ話しているのも時間の無駄でしかないのに誰も疑問を持たずに続けている。

コミュニケーションを取ってるという実感だけ得られて、分からないことの答えを調べるっていう目的は忘れ去られてしまっているんだ。

 

誰とも話したくないという気持ちは、誰とも話したくないって思う物同士でしか理解し合うことはできないけれど、そもそも誰とも話したくないって思う物同士は話すことはないんだよね。

だから自分だけがおかしいのか?これは異常なことなのか?って悩んでしまう。

だけど同じような考えの人はいて、ただ単純に誰とも話したくないっていう性質が災いして接触する機会がないだけなんだ。

 

本音では誰とも話をしたくないのに、無理に他人に合わせて話をしなきゃなんて思っても苦しいだけだ。

本当の自分を偽って、自分に嘘をつくことになるから後ろめたさを感じて辛い思いをすることになる。

だったら無理して他人に合わせることなんてやめて、誰とも話したくないなら、誰とも話さなくていいじゃないか。

 

自分がイヤだなって思うことを無理に続けていれば、どんどん自分がどうしたいのかってことが分からなくなってきちゃう。

自分がどうしたいのか分からないから自分をしっかり持つことが出来なくなってしまい、そんな自分がイヤになって今度は他人に干渉して気を紛らわせようとしてしまう。

自分のやりたいことをやってればいいのに、人に干渉して批判して、文句ばっかりつけている人間になってしまうんだよ。

 

人と話をしたくないって思うなんておかしいっていう他人の基準を軸にしてしまえば、自分ってものをしっかりと持てない人たちの仲間入りだ。

そんな人たちの仲間入りをして誰かに必要以上に干渉して、また自分をしっかり持てない人を増やしてしまうことって負の連鎖でしかないよね。

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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