楽に生きたいなら頑張るのも無理するのもやめること

頑張ることがいいことだとか、頑張らなければならないと自分を締め上げてしまうと、どうしたって辛く苦しい時がある。

気持ちだけ前に進みたがって、体が全くついてこない。

 

おかしいな?こんなはずはないと、それでもなお頑張ろうとしてしまってようやく自分が壊れてしまうのに気づく。

そして、自分自身で頑張ることが出来ない自分を否定して、さらに締め上げてしまう負の連鎖の完成だ。

こんなことではいつまで経っても自分のことを認めることや、好きになるなんてことは叶わない。

 

だからそこから抜け出すためには、頑張らなくても充実して生きていけるんだということ気づくことだ。

世の中はとにかく余裕がないことばかりで、社会に出ればそんな余裕のない人たちに囲まれて、その余裕のなさがきみにも伝染してしまう。

そして、楽に余裕を持って生きている人と出会う機会がなければ、生きることは厳しいことだし頑張らないと生きていけないという思考に洗脳されていってしまうんだ。

 

頑張れない自分はダメな自分で、頑張れる自分が良い自分だなんて思ってしまうと、常に自分を好きでいることは難しい。

何事もどうしたって波があり、良い時と悪い時が交互に訪れるものだ。

たとえ良い時に調子よく頑張れていたとしても、悪い時が続けばそう長いこと頑張り続けられるほど人は強くない。

 

だからこそ、どんな時でも自分を認めて受け入れることが大事なんだ。

どんな状態でもきみはきみ、頑張れなくたって全然構わない。

そうやって自分を好きであり続ければ、良い時だって悪い時だって前に進む力を失くしてしまうことはないんだよ。

 

もし、きみに頑張るように説得してくる人がいたとしても、その言葉を受け止めることはない。

きみに頑張って欲しいと思うのはその相手自身なだけであって、きみが頑張る必要はどこにもないんだ。

きみが頑張ってくれた方が都合が良いからと、何とか頑張ってもらいたいと説得をしてくる。

 

言われるがままに相手の意思に振り回されて頑張ってしまうと、どこかに自分を置き去りにしてしまって、気づいた時には自分を見失ってしまうことになる。

そして気づくのに時間がかかればかかるほど、一体自分は今まで何をやってきたのだろうかと深い絶望に包まれてしまう。

 

だけどそんな相手を責めたところで、過ぎてしまった時間を戻すことは出来ない。

その相手だって頑張らなくては生きていけないと洗脳されて生きてきてきただけで、たまたまその人は頑張れば何とかなってしまっていたんだろう。

頑張って生きることしか知らなかったり、頑張ることで辛い思いをしてきたのをきみに押し付けようとしてしまう弱い人間なんだ。

 

頑張らなくても生きていけることを確かめるには、実際に頑張ることをやめてしまうしかない。

自分がどうすれば楽に生きれるのかを探って、気持ち良く生きれるポイントを見つけるんだ。

苦手なことを頑張って克服するよりも、やってて楽しい得意なことをたくさんしよう。

誰かの苦手は誰かの得意に繋がっていて、それが噛み合うからこそお互いの存在意義が生まれるんだ。

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