バカにされて悔しい思いをすれば見返すために必死に努力できるもの

バカにされて悔しいって思う気持ちって大事なことで、その悔しさをバネにして見返してやろうって強い決意を固めることが出来る。

「自分はバカにされるような存在なんかじゃない」とか、「そんな風に軽く扱われるような人間じゃない」とか、「自分の方がもっとすごいはずなんだ」って強く思わされるからこそ、なんとか見返すために覚悟を決めて努力できるんだ。

バカにされることを怖がって思い切ったことが出来なければ、こうやって成長するチャンスを逃しているってことでもあるんだよね。

 

人のことを簡単にバカにするような人間は、大したことをやっていない。

自分は大したことをやっていないけれど、人をバカにすることで優越感に浸って、なんとか自分の尊厳を保っているだけなんだよ。

バカにされてしまうのは、たまたまそういう人の標的になってしまったっていうだけのことなんだ。

 

人をバカにするような人間は大したことをしていないんだから、きみがその気になれば簡単に立場をひっくり返すことが出来る。

バカにされないようになるためには、ほんの少しの勇気だけあればそれで十分なんだ。

大した努力もしていない相手に対して、悔しい気持ちを感じて、強い覚悟を持ったきみが挑めば、あっという間にバカにされることなんてなくなってしまうんだよ。

 

バカにされてしまうことに慣れて、自分は人より劣っているんだなんて思い込むことはない。

そんなバカにされるような、一見短所だと思うようなところは、実はきみにとっての長所であり武器でもあるんだ。

バカにされたっていうことだけを取り上げてしまえば、それに気づくことは出来ない。

 

人からバカにされるようなことこそ、きみが持つ磨くべき武器なんだ。

悔しい思いを強く感じて、今に認めさせてやるって執念で、そのバカにされた武器を必死で磨いてみればいい。

そうすれば、なんだかバカにされた過去があったからこそ今の自分がいるんだなって思える時が来るもんなんだ。

 

そうやってバカにされた過去を美化することが出来るようになれば、自分をバカにした相手にすら感謝の気持ちを持つことが出来る。

「あの時あの人にバカにされていなかったら今の自分はいなかったんだな」って、バカにされたことすら意味があったんだと気づくはずだよ。

 

そして、どんなにバカにされようとも、きみのことを理解して味方になってくれる人は必ずいる。

自分で自分を信じることも大事なことだけど、バカにされてるきみの味方になってくれるような人はもっと大事な存在なんだよ。

そんな味方になってくれる人の応援を背中に感じていれば、どんなしんどい思いも結構乗り越えられるものだ。

 

自分が決めた覚悟を貫くっていうのは、ずっと自分を信じ続けることが必要だ。

なかなか思うように行かなかったり、状況に恵まれなくて苦しい思いをすることがあれば、自分を信じる気持ちだって揺らいでしまうこともある。

そんな時に味方になってくれる人がいるんだって感じていれば、自分の気持ちを立て直して再び前に進むことが出来るんだよ。

 

もし、きみの味方になってくれるような人がいないって感じる時も心配はいらない。

きみの味方になってくれるのは、何も他人ばかりじゃない。

自分自身が自分の味方になって、自分を信じてあげればいいんだからね。

 

どんなに他人が信じてくれなくて、味方になってくれなかったとしても、自分だけは自分を信じることが出来るんだし、味方になってあげられるんだ。

だから、自分で自分を見捨ててしまうようなことはしないで欲しい。

いつだって自分のことを一番に理解できる自分という味方がいることを忘れないで欲しい。

 

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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