人の顔色を伺う人を嫌いなのは自分にも似たようなところがあるからだ

人の顔色を伺って周りに合わせてばかりいる人は、自分がない人間のように見えてなんだか嫌いだったりうざいと思ってしまうことってある。

それだけ人の顔色を伺っているのに、自分に対しては全然気を使ってるように思えなくてなおさら腹が立ってしまうことだってある。

でもね、それって実は自分も似たようなところを持っていて、同族嫌悪をしているんだよね。

 

人は自分のことを客観的に見ることがなかなか出来ないもので、他人の行動にはよく気づくのに、自分のやっていることには無頓着なものだ。

だからこそ自分のことを棚に上げて、平気で人を批判してしまったり、誰かの悪口を言ってしまったり、気に入らないと腹を立てたりする。

だけど同じことを自分でも気づかないうちにやってしまっているもんなんだよ。

 

自分こそが気が利く人間だと自負していたり、あまり意見を主張せずに周りを優先させたり、人の話をよく聞くようにしていたり、自分がやっていることと同じようなことをする人間が近くにいればどうしたってキャラがかぶってしまう。

価値観が似ているからと仲良くなれればいいけれど、時には嫌い合って避ける仲になることだってある。

同じような役割の人間が一つの集団にいれば、もしかしたら自分は要らない存在なんじゃないかって恐怖を覚えて、相手を蹴落としてしまおうと考えるんだよ。

 

人の顔色を伺う人が嫌いな時点で、自分だって人の顔色を伺っている。

結局似た者同士で、ただ単にどこか相手に嫉妬してる部分があったり、自分の立場がなくなることを恐れているだけなんだ。

もしも人の顔色がどうだろうが知らないよってタイプであれば、周りが何してようが関係ないし、人のことよりも自分のことに忙しいはずだ。

 

ただ嫌いだとかうざいと思うものは仕方ない。

自分の心の中で何が起きていて、そういう嫌いだとかうざいという気持ちが湧き上がるのかを知っていれば、少し考え方だって変わるだろう。

その上で、変わらず接していくのか、距離を取るようにするのか、認め合えるようになるのか、良いように判断すればいい。

 

きみの周りにいる人間は、その関係性からきみ自身を映し出す鏡のようなものだ。

自分では気づかない自分自身を周りの人たちから知ることが出来て、それを自分の人生に役立てることだって出来る。

感情的になりすぎずに一歩引いたところから、なぜ自分はそう思うのか?と考えてみることで自分の知らない自分を見つけることが出来るんだよ。

 

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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