慎重に考えるよりも何か行動してしまった方が分かることが多い

慎重さに欠けてせっかちだと言われたり、考えが浅いと指摘する人間はどこにだっているものだ。

慎重になってよく考えて、事前に入念な調査を重ねて、検討に検討を重ねたとしても、いざやってみれば想定外のことは起きるものだ。

慎重であることは、ただ単に失敗を恐れているだけに過ぎないんだよ。

 

慎重にやりたいと思うそれ自体は悪いことじゃない。

慎重であることがいいことだと思うのであれば、やりたいようにやればいいんだから。

でも慎重であることが全てだと勘違いして、何でもかんでも慎重さを求めて他人にそれを強要するような人の言うことなんて聞く必要はないんだよ。

 

もし慎重に調査を重ねて、事前に準備をすれば物事が全部思った通りに進むのであれば、慎重であることはすごくいいことだと言える。

でも現実には、思ってもいないことが起きて、予想とは違った結果が手に入り、いかにきっちりと計画立てていたとしても修正を迫られる。

慎重になって未来が分かるようなら誰も苦労なんかしないんだよ。

 

やってみないことには分からないことなんてたくさんあって、それは実際に行動に移すからこそ分かることだ。

そして、慎重になってしまえばやってみて分かるという機会がとても少なくなる。

分からないことだらけで未来に怯えて行動が遅いから、さらに分からないことが増えていって未来に怯えて行動が遅れていく。

 

何も考えていないくらいに向こう見ずな方が行動のためのハードルも低いし、行動に移すスピードだって圧倒的に早い。

おおよその目安だけ決めて軸さえあれば、どんどん行動を重ねた方が良い循環が起きやすくなるんだ。

行動が多いから分かることも多くて経験が増えていき、その経験を次に活かせるから色んなことに手を伸ばせるようになるんだよね。

 

何かを新しく始める時に知識ばかり拾い集めていても一向に進展は見られない。

それだったらもう下手でも失敗してもいいから、とにかくどんどんやってしまった方がよっぽど上達も早いし得られるものだって多いんだ。

知識があることが上級者の証と言わんばかりにひけらかしているのは、経験がないことを自らアピールしているようなものだ。

 

ウンチクばかり垂れ流してさほど実力もない人間になりたければ、慎重になって知識ばかり蓄えていればいい。

知識がなくても自分の中でこれなら上手くいくんだっていう経験を大量に積み重ねた人間になりたければ、慎重になることはやめて知識なんかつけなくてもいい。

とにかくそれをやってみればいいじゃん。

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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