好かれる人になりたいなら嫌われてしまうことも受け入れること

なんで憧れのあの人はあんなにも多くの人から好かれているんだろうと考えて、自分も同じように多くの人から好かれたいと思うことがあるだろう。

自分なりに人から好かれるように振る舞いを気をつけてみても、手に入る結果はただ良い人という印象だけでなかなかうまくいかないもんだ。

良い人なんだけど好きだとは思われないのは思い切りが足りてないからなんだよね。

 

好かれようとして良い印象を与えようと頑張ってみても好かれないのは何故なのか。

考えてみれば簡単なことだけど、良い印象を与えようと頑張っているから良い人だと思われる。

だけど良い印象を抱く相手が好きな相手だとは限らないだけなんだ。

 

好かれるためには、好かれるように振る舞わないことには好かれない。

良い人だと思われることと好かれることには何も関係がないってことを知らないからこそ、自分の努力が報われないと感じてしまうような結果しか手に入らないんだ。

だから良い人だと思われようとする必要はどこにもないんだよね。

 

そして人から好かれたいけど嫌われるのが怖くて思い切ったことが出来ないのなら、誰かから好かれるってことも難しい。

好きも嫌いもその根底には相手への興味があって、興味がなければ好きにも嫌いにもならないんだ。

だから良い人で終わってしまえば、それは興味を持たれていないってことになっちゃう。

 

さらに興味を持たれるためにはどうすればいいかと考えていくと分かるのは、興味を持つことって分からないから知りたいってことに行き着く。

なんでそうなるのか理解できなかったり、どうしてそんなことをするのか知りたくなるようなことじゃないと興味って持てない。

それが良い方向に転べば好きってことになるし、悪い方向へ転べば嫌いってことになるんだ。

 

興味を持たせなければ好きにも嫌いにもならないし、興味を持ったところで好きにも嫌いにもどちらにも転ぶ可能性がある。

そうなると嫌われることを恐れていれば、同時に好かれる人になるのも難しいよね。

だから嫌われることを受け入れられないと好かれる人にはなれないんだ。

 

ただその仕組みを分かったところで、人の気持ちを思い通りに操ることなんてなかなか出来ることじゃない。

狙った特定の人だけに好かれるっていうのは難しいんだ。

きみも自分の好きなことや嫌いなことを誰かにコントロールされているわけじゃないように、他人の好き嫌いを思い通りに操ることは考えないでいい。

 

大事なことは自分が思った通りに振る舞って、自然と嫌われてしまうことを受け入れることが出来れば、同時にきみのことを好きになってくれる人だって現れるんだってことなんだ。

人になんと思われようともそのままの自分を好きになれば、そんな自分を同じように好きだと思ってくれる人がいるんだよ。

嫌われてしまうことは怖いことじゃなくて、好かれる人になるために必要なことなんだから。

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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