許可を求めないでいい

何かをするたびに許可を求めて、自分の行動を確かめるのは人の目を気にしている何よりの証拠だ。

誰かが許してくれれば安心して出来るからとか、許可も得ずにやってしまって責められたくないという理由があるんだろう。

それでもいちいち許可なんか求めていたら、やりたいことをガツガツやっていくための足かせにしかならないんだよ。

 

幼い頃から集団生活を送っていれば、決まりごとに縛られることが多い。

学校にもルールがあって、はみ出せば罰を受ける。

会社にも規則があって、はみ出せば制裁を受ける。

これが当たり前になりすぎて、許可を求めることが習慣になってしまっているから、今度は何をするにも誰かの許可がないと何も出来ない人間になってしまう。

 

もちろん決められたルールや規則を守ることは大事かもしれないけれど、少しはみ出したくらいでは大騒ぎするほどのトラブルなんかは起きない。

ルールや規則を守らなくていいということではなくて、少しのズレも許されないほどの緊張感を持ち続けることはないってことなんだ。

 

この気持ちを持てば他人にだって優しくなれる。

ちょっとルールを守れないくらいで鬼の首を取ったように騒ぎ立てる人間がたくさんいるけれど、それは自分自身が窮屈な思いをして必死にルールを守っているのに他人がそれを簡単に破るのが許せないんだ。

心の奥底では羨ましくて嫉妬しているのに、それをストレートに表現できずに批判という手段に走る弱くて優しくない人間なんだ。

 

人が集団で生活するためにルールがあるんだから、その集団の中身が入れ替わっていけば自ずと必要なルールは変わっていくはずだ。

それでもルールを守ることを目的とした人間ばかりになれば、人が集団で生活するためという本来の目的は忘れ去られてしまう。

そうやってルール自体も実態とのズレが大きくなっていくから、さらにルールを守ることが苦しくなっていく。

 

大切なのは、ルールからはみ出してしまった時にどうやってそれをリカバリーするかということだ。

失敗したとしても立ち直り軌道修正する力さえあれば、どんな困難だって乗り越えることが出来る。

ルールをしっかりと守る力ばかり身につけたとしても、不意にはみ出した時の挽回方法を身につけていなければ転落しておしまいだ。

 

だから、多少はみ出したって構わないし、誰にも許可を求めないでもいい。

自分の思う通りにやってみなよ。

そうやって失敗を重ねていれば、数えきれないほど失敗から立ち直る経験をすることが出来るから。

 

そんな経験があれば、きっと自分ならどうなったってなんとかなるんだっていう確信が手に入るから。

人に許可を求めずに、自分で自分に許可を出し続ければいいじゃないか。

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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