過去を捨てればいい

忘れられなくていつまでも引きずっている過去はあるだろうか?

学生の頃は勉強がトップクラスで神童と称されていたとか、容姿が抜群に良くてモテていたとか、何も気にせず楽に生きていたとか、思わず現実を忘れて浸っていたくなるような甘い思い出もあるだろう。

 

逆に、いじめにあって人間関係を築くことが怖くなったとか、入った会社が合わなくて病んでしまったとか、結ばれると思っていた相手と結ばれなかったとか、そんな辛い過去もあるだろう。

 

でもこれって全て過去の話であって、これからきみがどう生きていくかという事には全然関係のないことなんだよ。

良い過去も悪い過去もあるけれど、いつまでも昔のことを持ち出して自分に言い訳してるなんてめちゃくちゃダサいよ。

 

だから過去を捨てればいい。

 

昔話ばかりする年寄りはカッコいいか?

あの頃はああだった、こうだった、なんて口を開けば昔の話ばかりしている人間にカッコいいと思えるような人間はいない。

自分が生きてる今に向き合わずに、昔にすがってばかりいるんだから当然だよね。

 

変えようのない過去にばかり目を向けていても、何も変わらないし良くもならない。

そんなことに人生の限られた時間を惜しみなくつぎ込んだとしても、何かを産み出すということはないだろう。

 

そして過去をうだうだ引きずって生きているのは、昔話ばかりしてる年寄りと同じだ。

そのまま生きていった先に待っている結末は、昔話ばかりしてる年寄りに今度は自分がなってしまうということだ。

 

しかし、そのコースから外れるかどうかはきみが選ぶことが出来るし、出来なかったらどうしようなんて心配することもないんだ。

 

過去を捨てれば未来が開ける

過去を抱え込んでいたって新しい未来はやってこない

きみが手を伸ばしてつかみ取りたいものがあったとしても、伸ばした手が握られていたままだったら欲しいものをつかむことは出来ないだろう。

過去を握ったまま手放せないでいるということは、同時に新しく何かをつかむことが出来ないということでもある。

 

握りしめた手を開けば、抱え込んでいた過去は手から滑り落ちるかもしれないが、新しく何かをつかむことが出来るようになる。

例え何度つかみ損ねたとしても、手を開いてさえいればつかむチャンスは何度でも訪れるものなんだよ。

 

過去を捨てられないと過去にしがみついて生きることになる

過去を捨てられない限りこの先ずっと、その握りしめた過去と一緒に生きていくことになる。

 

確かに、いつまで経っても過去のまま形を変えないことに価値があるっていうものもある。

古代の建造物だったり、太古のままの自然だったり、重要な文化遺産だったり、こういったものはそのまま保存することに価値を見出されたからこそ、それを求める人がいるからこそ過去のまま形を変えないことに価値がある。

 

きみが捨てられない過去は、このような価値のあるものなのだろうか?

ただ捨てられないだけの価値のないものなんじゃないのか?

 

これから生きる可能性に満ちた未来よりも価値のないような過去なんて捨ててしまえばいいんだよ。

 

過去を捨てれば前だけ向いて今を生きることができる

過去を捨てることさえ出来てしまえば、過去を振り返ることがなくなる。

自然と、今どうしたいのか?これからどうなりたいのか?ということに考えを巡らせることが出来るようになる。

 

これから先どうなりたいのか夢を描くことによって、今何をすべきなのか自分に問いかけ、そのために生きることこそが今を生きることだ。

過去をさっぱり捨て去ってしまえば、もう頭の中はこれだけになる。

 

具体的に未来を想像し、そのためにやるべきことをして生きていくこと以上に建設的な生き方はあるだろうか?

価値のある歴史的な建造物だって、完成図を描いて、そのために必要な工程を積み重ねたからこそ建設できたんだ。

過去を捨てることは何も怖くない。

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