言われたことができないなら自分で考えて好きにやってみよう

言われたことができないと怒る人がいて、自分はどうしようもない人間なんじゃないかと無力感にさいなまれてしまう。

そんな自分じゃダメだと思ってなんとか頑張ろうと必死になってみても、なかなかその辛さや苦しさから逃れることはできない。

いつまた失敗してしまうのかと緊張にさらされて、ガチガチになっていたら本来の自分の力を出すことも難しいし、何よりも気が抜けない状態が長く続けばどんどん消耗していってしまう。

 

「言われたこともできないのか?」なんていう人は、自分が頭に思い描いたことを全て正確に相手に伝えられたと自信過剰になっている。

意思疎通するために言葉は便利なツールではあるけれど、完全に相手の言ってることを理解するなんて無理な話だ。

ちょっとした言い回しや、表現の仕方、単語の解釈だって受け取る相手によって違っているから、伝えようとしたことが上手く伝わらずにすれ違いが起こるもの。

 

だから言われたことができないのは、伝える側の問題でもある。

全て自分が悪いんだと責任を背負いこんで自分を責めてばかりいる必要はないんだよ。

お互い伝達力も足りなかったし、理解力が足りなかったかもしれない、っていうただそれだけのことなんだ。

 

言われたことができないなら自分なりに考えて好きなようにやってみればいい。

勝手なことをするなとか、そんなセリフは気にせずに自分が思ったようにやってみれば何か分かることがあるから。

それで失敗してみれば、なんで言われたようにやるのが良いのか身をもって知ることになるかもしれないし、実はきみが考えて好きなようにやってみた方が優れているかもしれないんだよ。

 

どっちにしたってきみが自分で考えて好きなようにやってみれば、何かしらの進展がある。

今いるところから前に進むことはあっても、後ろに下がってしまうことなんてなくて、何もしないほうが損なくらいだ。

 

どうしても形式にこだわって命令や指示に従わないこと自体を責められるようなら、そんな相手にきみの貴重な力を貸してあげることはない。

自分で考えて好きなようにやってみて、その報いは全て自分で受け止めて、そうやって自分で痛みを感じることできちんと自分自身のこととして真剣に頭を使って考えられるんだ。

それなら誰かと連帯せずに自分だけ単独で何かできるようになってみなよ。

 

自分の好きなことや興味があること、とにかく気持ちが前のめりになって時間を忘れてやっていられるようなことを探すんだ。

自分のやりたいことを、自分の思ったように好きにやってみて、それで道に迷って挫折しそうになったらきっと人の言うことってスッと胸に入ってくるから。

必死に聞いて理解しようって姿勢も変わってくるものだから。

 

それまでは言われたことができないのなんて気にすることはない。

まずは自分の好きなようにやってみればいい。

 

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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