自分がされて嫌なことは人にしないって本当は相手のことを考えてない

自分がされて嫌なことは人にはしないようにするって言うのはよく耳にする言葉だけれど、一見他人を思いやるようなフレーズに聞こえてしまう。

自分が嫌だなと思うことは人にも同じようにさせないようにしようという配慮とか、気づかいのようなものがこの言葉の裏にはあるんだろう。

でもそれを実践するのって結構無駄なことだよね。

 

勘違いしているのは、他人が必ずしも自分と同じ価値観で生きているとは限らないってことを忘れているってことだ。

自分が嫌だと思うことでも他人が同じように嫌だと思うかどうかは、はっきりとは分からない。

もしかしたら自分がどれだけ嫌だと思うことでも、他人にとっては手放しで歓迎するようなことかもしれないんだよね。

 

逆に言えば自分が良かれと思ってやったことは、必ずしも他人にとって良いこととは限らない。

だから余計なお世話だと思われて煙たがられてしまう。

自分が良いと思ってそれを人にすることが、もうすでに押し付けがましさを含んでしまっているんだ。

 

みんながみんな似たような価値観で生きていた時代には、自分がされて嫌なことは人にはしないってことも通用したかもしれないけれど、誰もが違う価値観で生きれるようになった時代においては、もうそれは通用しないんだ。

自分の価値観が相手の価値観と同じであるという前提で考えてしまうことが、もうすでに相手のことを考えていないってことになってしまうよね。

 

だからと言って、いくら相手のことを考えたところで他人の価値観なんてものは、どうやっても理解できないものだ。

多少の重なりはあったとしても、どこが相手にとっての地雷になるのかなんてのは自分がどれだけ頭を使って考えたところで分かるはずもない。

他人のことを考えるなんてこと自体がもう無理難題なんだ。

 

改善を加えるとすれば「自分がされて嫌なことはちゃんと嫌だと伝える」ってことだろう。

他人が何を考えているか分からないのと同じように、他人もきみが何を考えているのかなんて分からない。

その上できみに出来ることと言えばちゃんと伝えることくらいしかない。

 

そうやって心の内をさらけ出して、嫌なことを嫌だと伝えることが出来れば、価値観が違ったとしても多少は理解し合うことだって出来る。

こんなことを嫌だと思う人間がいるんだなと驚かれるようなこともあるかもしれないけれど、それはちゃんと伝えるからこそ分かるものなんだ。

そうやってちゃんと相手に伝える方がよっぽど相手のことを考えた行動だと言えるよね。

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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