型にはまらない人は自分の生き方を貫けばいい

なんだかその場に馴染めない、どうにも浮いてしまう、みんなとは向いてる方向が違う気がする。

こんな悩みはないだろうか?

 

その場において多数の意見と違うだけでこんな思いをすることになる。

常に多数派にいることで安心できるからと言って、少数派になることを恐れていてはいけない。

 

多数派になるというのは型にはまるということだ。

集団に都合のいいように自分の形を変えることになる。

そして集団というのは代わりが見つかりやすいように形を整える。

 

自分の代わりが誰にでも出来てしまうなんて面白くもなんともない。

そこに自分が自分である理由なんかないんだ。

 

だから型にはまらない人になればいい。

 

型にはまるのは危険

その場の常識だったりルールに縛られて型にはまることは危険なことだ。

その集団に命を捧げる覚悟があるならばおおいに結構だが、魂までは売れないというのなら型にはまらない方がいい。

 

型にはまることで自分がいなくても成り立つ状況をきみ自身で手助けすることになる。

いてもいなくても困らない存在がいなくなったところで誰が困るのだろうか?

そしてそんな存在にきみはなりたいのだろうか?

 

そして型が通用しなくなれば集団と一緒に散る運命だ。

多数派に乗っかってしまうと自分の運命を他人に渡してしまうことになる。

上手くいくのもいかないのもきみが介入する余地がほとんどなければ、一体何のために生きているんだろうと思うに違いない。

 

人と違うことに価値がある

型にはまらないことでどうしても人とは違う面が目立つようになる。

でもそれは悪いことじゃない。

 

数が少ないものにはそれだけで希少性という価値がある。

少数であることで生まれる価値はあるんだ。

 

みんながそう言うからと同調した意見や考えには、ほとんど価値がない。

自分の価値を落としてまで丸く収めるほどの価値がその場にはあるんだろうか?

 

自分の価値を高めるなら型にはまらないこと

型にはまらずに少数派であることを受け入れられれば、自分の価値を高めることができる。

自分を安売りして愛想ばかり振りまいていても、自分の価値は一生安物で終わる。

 

少しでも自分の価値を高め「きみだからこそ」というものを見つければいい。

そうすれば自分を誇ることが出来るようになるだろう。

 

探そうとしなければきみがきみである理由は見つからない。

だから型にはまらない人になればいい。

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