悲しいことは極力避けて通りたいと思っても生きていれば色んなことがあって、悲しみもそんな人生の一部だ。
願いが叶わなかったり、大事なものを失くしてしまったり、自分を大事にできなかったりすれば底知れない悲しみが襲ってくる。
一体なんのために生きているのかを失ってしまい落ち込んでふさぎこんでしまう。
でもそんな悲しいことも実はきみがこの先に生きていく人生を照らす光になって、きみに力を与えてくれる。
悲しみに暮れてやるせない思いも、胸を締めつけるような気持ちも、消えたいと思うほどの苦しさも全てはこれからの人生に大きな影響をおよぼすんだ。
悲しみをただ災いだと捉えてしまえば、そこから続く道を歩くことはできない。
悲しみは自分を見つめるきっかけをくれる。
大きな悲しみは誰にも構われたくない、一人にして欲しいという気持ちを湧き起こさせて、実際に一人で考え事をする機会を得ることになる。
誰にも干渉されずにたった一人で悲しみと向き合い静かに考える時間とは、自分そのものを見つめる時間と等しい。
悲しみを招いた原因は自分の中にあるのではないかと内省にひたれば、自分さえ良ければいいという気持ちや、人を下に見るような傲慢な態度、こういったものが自分にあったのではないか?と向き合うことになる。
悲しみを経験すればそれだけ人に優しくなれるのは、こうやって自分を振り返り人を思いやるということを思い出すからなんだ。
悲しい気持ちに腹立てたり、自分を哀れんでいては何も得ることはなく悲しみがただ災いでしかなくなってしまう。
全ては気の持ちようで起こる出来事を自分でコントロールすることはできなくても、起こった出来事から何を感じて、何を考えて、何を学ぶかということは自分自身に委ねられている。
このことを忘れないようにすれば、これから起こるであろう悲しい出来事の中にも何かその先に活かせるようなことがあるはずだと思える。
そう思えれば悲しみだってもはや災いではなく、自分自身を見つめ直すチャンスだと捉えることができるんだ。
波のように襲ってくる感情に溺れてしまえば、苦しさや辛さだけがきみを包み込む。
悲しみに沈んでしまうことなくしっかりと目を凝らして向き合うことさえ出来れば、その先に成長した自分を見つけることができるよ。
自分を不幸な存在だと嘆いてばかりいるのはもうやめて、幸せになるためのヒントを探してみよう。
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