少数派でもいい

多数決で多い方が選択されたり、長い物には巻かれろという言葉があるように、世の中はより多い者が有利とされる。

そうなると少数派であるというだけで割りを食う場面っていうのは増えるものだ。

そんな肩身の狭い思いを長年続けていると、少数派でいること自体が不利なことなんじゃないかと錯覚してしまう。

 

だけど少数だからと言って、それが正しくないとか間違っているわけではないんだ。

自分が感じたまま、思ったままに行動してそれが結果的に少数派になってしまうなら、きみはそれを貫くことが自然な自分の姿であって、無理に自分を曲げて生きてしまえばどうしたって苦しい思いをすることになる。

 

生きづらいことの原因のほとんどは、自分を偽って思考と行動が捻れてしまうからに他ならない。

だったらいくら周りに理解されなかろうが、自分の考えを貫くしかないんだよね。

 

自分自身を偽ることに慣れてしまうのは、気づかないうちにどんどん毒に侵されていくようなもので、いつかそれが弾けて暴発してしまうんだ。

自分が本当にそう思って行動しているのか?ただ多数派になびけばいいと考えているだけなのか?自分に問いかけることを忘れてはいけない。

 

厄介なことに自分を偽り続けていると、そのうちに何が本当の自分なのかが分からなくなってしまう。

積もり積もったクセが大きく積み上がった時には、結構ひどい状態になっていて、そこから立ち直っていくのもそれなりに時間がかかってしまうだろう。

それはまるで、心の生活習慣病のようなものだ。

 

少数派である自分を受け入れて望むように生きるためには、その少数派であるということを武器に変えることが大切だ。

少数派が悪いことだと思っているうちは、この武器をどうやって活かして、多数派と渡り合っていくかというところまで考えが及ばない。

自分の存在が脅かされる恐怖に支配されていては、希望を見つけることも叶わないんだ。

 

少数派であることは、そもそもの存在が希少だという武器がある。

世の中に存在するものは数が少ないというだけで希少価値が高くなり、それを求める人が多ければ多いほど爆発的に価値が高くなる。

希少な金属とか、限定生産とか、そう言った母数が少ないものはそれだけ価値が高いはずだ。

 

少数派であるというだけで、希少な存在として目立つことが出来てしまうので、多数派からすればこれほどの素質はなかなかないんだ。

後はそれを求める人は一体どんな人なのか、狭く深く攻めて行くことできみは代わりの聞かない価値の高い存在になることが出来る。

 

自分の思った通りに振舞って、自然と少数派になってしまうというのはもはや才能と呼ぶことが出来る。

多数派のフィールドで戦わずに、少数派であるという武器を活かした自分なりの戦い方を身につけてしまえば、これほどの能力はないんだ。

 

そうやって一部の人にでもいいから強烈にウケる戦略を取ることが、少数派の戦うべきフィールドであって、ホームでもあるんだよね。

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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