自分が損するのが嫌でもいい

損をすることが嫌いで自分の得になるようなことばかり求めてしまうのは人間の性だ。

損をするようなことは自分が傷つき嫌な気持ちになったり、お金や信頼を失ったりしてしまうから誰だって避けたいと思うだろう。

自分が損をするのが嫌いなのは、そういう危険から身を守り自分を安全なところに逃がすための防衛本能なんだ。

 

それでもなぜだか自分が損をするのが嫌いなのは自分だけ安全なところに逃げているようで、なんか気持ち悪いような気もしてくる。

見返りも求めずに自分を差し出して誰かのために働いてる人を見ると、少し胸が痛くなるような気もする。

そんな人のように自分が損するかもしれないと考えもせずに行動したくたってできないんじゃないかな?

 

自分ばかりが損をするのを嫌がっているようでモヤモヤしても、損得勘定をせずに無理矢理やらなくてもいい。

損をするのが嫌いなら、そういう自分を認めて受け入れたっていいんだよ。

そうやって自分で認めてしまえば、なぜ自分が損をするのが嫌いなのかが見えてくるもんだ。

 

損をするのが嫌いなのは、きっと恐怖を感じるからだろう。

持ってるものを失うことが怖くて、損をしたくないって気持ちが強く湧き上がる。

それは大事なものを失ってしまった経験とか、誰かに奪われてしまった過去を引きずっているのかもしれない。

 

でもよく考えてみれば、人間誰しも生まれてくる時には何も持っていなかったはずだ。

大きく育っていくうちに、何かを手に入れたり、何かを失ったりして生きてきたはずなんだ。

元々なにも持っていなかったのに、今のきみはたくさんのものを手に入れているだろう。

そうだとすれば、今きみが持っているものを少し失うくらいのことって果たして損なんだろうか?

 

それに、損をしたいと願って色んなものを失ったとしても、持ってるものを全てを失うことなんかできない。

どんなに持てるものを手放しても、自分自身だけは捨てられないんだ。

だからどんなに損をしたと思っても、自分にとってマイナスにはならないってことなんだよ。

 

どんな損をしてもマイナスではないってことに気づけると、一気に人生が開けてくる。

失敗や傷つくことをマイナスではないって思えるようになると、その経験の中から自分にとってプラスになるものを見つけることが出来る。

もしマイナスだと思っていたものが本当はプラスになることだとしたら、今まで損を嫌ってマイナスを避けていたこと自体がプラスになることを遠ざけていたんだ。

 

自分が損するのを嫌うあまりに、自分が得するはずだったことを逃していてはもったいない。

損をするのが嫌いならば、損を越えるほどの得をしてしまえばいいだけなんだ。

そして、そんな得になるようなことは、損だと思い込んでいたものの中に眠っているんだよ。

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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