親のために生きるような人生を終わりにしよう

親孝行をすることや親が喜ぶようなことをするのは素晴らしいことだから、当たり前のようにしなきゃいけないことだなんて思い込んでない?

本当はやりたいことがあって、考えていることがあるのに親の顔色を伺って、自分を捻じ曲げていればそりゃあ苦しいよ。

何のために生まれきたんだろうって思っちゃうのも不思議じゃない。

 

確かに小さくて何も出来ないきみを育てたのは親かもしれない。

自分で食べることもできなかったし、自分でトイレにだって行けなかったし、自分でお金を稼いで生活することだってできなかった。

きみを食べさせるために働いてくれて、学校に行かせるためにお金だってかけてくれたかもしれないし、やりたいことをやるために身を削ってくれたかもしれないよ。

 

でもね、それを恩着せがましくアピールして、きみに見返りを求めるような親のいうなりになることはない。

別に子供を育てるのが親の義務だからとかそういう話じゃなくて、親は親だし子供は子供であって、それぞれ別の人間なんだよってこと。

それぞれが自分の考え方を持っていて、価値観だって違うんだよ。

 

親の考え方や価値観はそれはそれでいいんだけど、きみが違う考え方や価値観を持っていたってそれもいい。

親だという立場を使って望まないことを子供に押し付ける権利なんてどこにもないんだよ。

たとえ血が繋がっていたとしても親と子供は別の人間なんだから互いに尊重できなければ、それなりの関係しか築けないのは当然のこと。

 

もしもきみが親を尊敬できなかったり、自分の考えを認めて受け入れてくれていないって感じるなら、無理に親のために生きることなんてない。

それなのに親孝行をしようだとか、親のために何かしてあげようなんて一方的な搾取でしかないんだし、きみの人生を棒に振ることになる。

 

きみがどんなことをして生活しようが、どんな相手と付き合おうが、どこに行こうが、そんなこと親にどうこう言われる筋合いはない。

あなたのためを思ってという余計なお世話を焼いてきても、そんな言葉に耳を貸すことはないんだ。

結局は親がきみを都合よくコントロールしたいだけの発言で、本当にきみのためを思うならば、きみの自由を認めて困った時に手を差し伸べるはずなんだから。

 

親と価値観や考え方が違うとしてもそれは何も間違ったことじゃない。

生きてきた時代だって違うんだし、育ってきた環境も違えば、付き合ってきた人間だって違うんだから。

意見が違ってぶつかり合うことだって時にはあるもんだ。

 

自分は違う考えを持っていて、親の言う通りには生きたくないってことを恐れずに口に出来なければ、親がいなくなるまで一生いうことを聞いて生きていくことになっちゃうんだよ。

親がいなければ生きていけないってことはないんだから、親のために生きなくたっていいんだよ。

本当にきみのためを思う親ならば、きみが幸せに生きることを願うはずなんだから。

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

コメント