面倒なことと向き合う必要はないんだよ

生きていると面倒なことってたくさんあって、他人はきみの事情を知らないもんだから、面倒なことから逃げずに向き合えって言ってくるかも知れない。

でもそんなのは所詮は戯言で、偉そうなことを言ってくる誰かが肩代わりしてくれるかというとそうでもない。

外野から好きなことだけ言って、面倒なことをやらせようとけしかけてくる。

 

面倒だと思うことをやりたがる人間なんていなくて、誰かに強要されるから気が進まないながらもイヤイヤやる羽目になる。

でも、いくら他人から見て面倒なことでも、ある人にとっては面倒じゃないってこともあって、それで世の中は何とかうまく回っている。

 

面倒じゃないって思う人がいるのは、それをやることに何か価値を見出しているからだ。

お金をもらえたりとか、何か貴重な経験をできたり、自分自身の成長に繋がるとか、それが得意なことだったりとか色々と理由はあるだろう。

とにかく面倒に思わない人にとってはすごくいいことがあるから、人が面倒だと思うようなことでもやってもいいかなって思えるんだ。

 

だとしたら面倒だと思って気が進まないながらイヤイヤやることはないんだよ。

みんな面倒だからってやらないようなことでも、やりたいって人が現れればその人はすごく重宝されるだろうし、何とかみんなが面倒だと思わないような仕組みを作ろうと考える人だって出てくる。

長い目で見れば、物事は収まるべきところに収まるようになってるんだよね。

 

面倒なことをイヤイヤやる方だって、嫌がる相手に面倒なことを押し付ける方だって両方に得なことなんてない。

何かしら理由をつけてしょうがなく受け入れてしまえば、誰のためにもならないようなことにきみの貴重な時間もエネルギーも無駄に使うことになってしまうんだ。

だから面倒なことと向き合う必要なんてないんだよ。

 

その代わり何もしなくてもいいかって言うとそうじゃなくて、きみが面倒に感じないけれど、誰かにとっては面倒でやりたくないなって思うことを探してみよう。

そこにきみの価値があって、誰かに役立つことでもある。

好きで誰に言われるでもなくやっているようなことで、誰かが面倒だと思ってやらないことをやる方がよっぽどいい。

 

好きでやっていれば気持ちも前向きに取り組めるから、同じ時間や労力をかけても比べ物にならないほど充実する。

自分が好きでやっていたことが、何だか人からすごく求められるようなことだったと分かった時はとても気分がいいはずだ。

それが自分を活かすってことだろう。

 

気持ちが進まないような面倒なことと向き合うなんて効率の悪いことをしていないでいいから、自分が好きでいくらでもやっていられるようなことを求める誰かを探そう。

そのために自分がどんなことを好きなのか向き合うほうが、よっぽど人生楽しくなるんだからさ。

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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