自分を正当化することで自分の軸ができる

自分を正当化することをみっともないとか、人のことを思いやれないだとか批判する人がいるけれど、そんな批判に耳を貸す必要はない。

複雑な話だけれど、自分を正当化することに対して批判をしてくる人間もまた自分自身を正当化しているんだ。

そして当の本人は自分を正当化して、他人を批判していることに気づいていない。

 

自分が出来ていないことを他人に要求するような人間の言うことを、どうして素直に聞き入れる必要があるだろうか?

そんな相手の言うことに振り回されていたら、自分を見失ってしまったり、自分で自分を責めてしまうことになってしまう。

 

よくマンガなどで題材になる何が正義で何が悪かという問題と同じで、この世の中に絶対的な正解なんてものは存在しない。

見方や立場が変われば見解だって変わるし、何を支持するかということも変わってしまう。

だから自分を正当化することを批判してくる人間は、ただ単に「自分の言う通りになれ」と言っているのと同じことなんだ。

 

人の言うなりになってしまっては、自分の軸というものはブレてしまう。

自分は何が良いと思っているのか?自分は何をしたいのか?自分は何のために生きようとしているのか?ということがはっきり定まっていれば自分の軸はブレない。

誰にもきみの意思を侵害することは出来ないはずなのに、自らその主導権を他人に譲り渡してしまうことはない。

 

本来きみが正しいと信じることは、きみの中では間違いがないものだ。

他人の価値観に照らし合わせて、他人がどう感じるかなんてことはそこには必要ない。

きみが自分の考えを否定するような意見を受け入れてしまえば、自分自身を否定することになってしまう。

 

そして、自分の味方をせずに人の意見に味方をすることで、自分を裏切ってしまうから自分を信じられなくなってしまう。

自分を信じられないからますます他人の言うなりになって、いつの間にか自分を見失ってしまうという負の連鎖にハマって抜け出せなくなるんだ。

 

「我こそが正義だ」と自分の意見を振りかざし人を傷つけることはないが、人から何を言われようとも自分だけは自身の味方でいよう。

たとえ誰にも味方になってもらえなくても自分が絶対に自分の味方でいるという支えが、自信にも繋がるし強い意志を持つことにもつながる。

 

それに人間なんて世の中に数え切れないほどいて、みんながみんな違うことを考えて行動している。

きみがはっきりとした意見を持っていれば、どんなにマイノリティだとしても共感したり味方になってくれる人は現れるものだ。

 

自分を正当化して自分の軸がブレないようにすれば、素敵な出会いが待っているかもしれない。

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