幸せになろうとしないことで何か失うものはあるだろうか?

きみは幸せになりたいと望むことはあるだろうか?

どうしたら幸せなのか

何をしたら幸せなのか

何をされたら幸せなのか

こんな問題と日々戦っているだろう。

 

でもそこには答えはないんだよ。

なぜなら幸せになろうとしているきみは自分自身を幸せではないと思っているからだ。

 

足りないものを求める気持ちが幸せからますますきみを遠ざける。

そういう事ならきみがやるべきことは簡単だ。

 

幸せになろうとしなくてもいい。

 

幸せには形がない

幸せというものにはっきりとした形はない。

人によって違う

時代によって違う

場所によって違う

人の分だけ答えは変わる。

そういうはっきりしないものを追い求めるのはとても不毛だ。

 

昨日と今日のきみですら幸せの形は違うかもしれない。

付き合う人が変われば価値観が変わり

住む場所が変われば価値観が変わり

行動パターンが変わるのも価値観を変える

こんな日々変化するものに果たして正解という絶対的なものはあるんだろうか?

 

一度幸せを手にしたと思っていても、いずれは形を変えてまた手からすり抜けていくんだ。

 

幸せを追い求めてもつかめない

形を変えて手からすり抜けて行ってしまうものをつかみ続けるのはすごくしんどい。

上手くバランスを取ってしばらくつかんでいたとしても、それを維持し続けなくてはあっという間に幸せから転落してしまう。

 

失う恐怖心が余計に物事をうまく進まなくさせる。

結局は幸せを追い求めるのをやめるんだ。

 

幸せを追い求めるのを諦められないとこの苦しみと一生戦い続けることになる。

 

幸せになろうとしているのをやめてみる

最後には幸せを求めるのをやめてしまうならば、最初から幸せになろうとすることをやめてしまえばいい。

 

幸せになろうとしていないのは今まさに幸せだからだ。

満ち足りているからそれ以上求めようとはしない。

幸せを追い求めるのをやめれば幸せになろうとしないのに幸せになってしまう。

 

幸せへの近道は幸せになろうとしないことだったんだ。

 

だから今きみが幸せじゃないなんて自分で思わないでいい。

幸せを求めることなく、そこに幸せがあるのを感じて欲しい。

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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