生きにくいと思うことこそ生きている証拠でもあるんだよ

生きていると、この世の中はなんて生きにくいんだろうって思うことがたくさんある。

ただ生きているだけなのになんだか辛くて苦しくて、生きることは簡単じゃないし楽でもないんだと思ってしまう。

その苦しみから逃れるために生きにくいのはなぜなのか?悩み考えてしまうと夜も眠れなくなる。

 

生きにくいのは社会の仕組みが自分とマッチしてないんじゃないか?

生きにくいのは自分が持っている元来の性格のせいなんじゃないか?

生きにくいのはもしかしたら自分が何かの病気だからなんじゃないか?

なんて原因を探してみてもはっきりすることなんて正直ない。

 

時代が変わればその時なりの生きにくさがあって、場所が変わればその場所なりの生きにくさがあるものだ。

ちょっとした病気で人が簡単に亡くなってしまう時代であれば、病気が生きにくさの原因だったかもしれない。

野生の動物に命をおびやかされる時代であれば、そんな身の危険が生きにくさの原因だったかもしれない。

そうやって人間は常に生きにくい環境で生き延びて今ここにいるんだよね。

 

動物だって、エサが簡単に手に入らない環境はとても生きにくいだろうし、動物園のように命が保証されている環境だとしてもそれなりの生きにくさを抱えて生きているに違いない。

だから生きとし生けるものであれば、形は違っても何かしらの生きにくさは抱えているものなんだと思えば少しは気が楽にならないかな?

生きにくさは裏を返せば生きている証拠でもあるっていうことなんだよ。

 

そんな自分の半身でもある生きにくさを失くすことができたとしても、きっとまた違う形の生きにくさが降りかかってくるだろう。

生きにくさを完全に消し去れるのは命が尽きる時でしかないんだ。

 

それならばそんな今抱えている生きにくさと上手く付き合って生きていく方法を考えてみたらどうだろう。

人との関わりに生きにくさを感じるのであれば、人と関わらずに生きていく方法を探してみたり、人と上手く関われるように自分を変えてみたり。

きっと出来ることが何かあるはずだ。

 

長い月日をかけて自分の感じる生きにくさっていう大きな問題に取り組んでいたら、人生あっという間に過ぎ去って、気づいた頃には寿命を迎えるかもしれない。

嫌な思いにばかりフォーカスしてウダウダと人生を浪費しているよりも、自分のために自分の力を使って生きていけばいい。

きっと苦しいなりに楽しいし、辛いなりにどこか前向きになれる。

 

ぼーっと生きるには人生はあまりに長いし、大きなことに取り組むには人生はあまりに短い。

だからこそ貴重で愛おしいものなんだ。

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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