向いてないことを続けるのはそれが好きじゃないなら無駄になる

向いてないなって思うようなことを続けるのってものすごくしんどい。

自分には素質がないんだって思うようなことだったり、自分の力の無さを痛感させられるようなことにたくさん直面するよね。

そんな時に考えるのは、それが自分が好きで誰から言われたわけでもなくやっていることなのかってことだ。

 

自分が好きで誰に強制されるわけでもなく自ら進んでやっていることだったら、たとえ向いてないなって思うことがあっても続けてみればいい。

どんなに好きなことをやっていても辛いとかしんどいって思う瞬間があって、自分よりよっぽど素質があるような人たちと比べてしまうこともある。

そうやって向いてないと思ってしまうのは早とちりだ。

 

好きという感情はどうにもならないもので、意図的に何かを好きになることは出来ない。

だから好きでやっていることで向いてないと感じることは、ただ少し思う通りにいかないタイミングなんだ。

好きだという気持ちがあること以上に向いていることはないんだから。

 

今やっていることが好きだという素質があるかないかというのは大きな問題で、苦しいと感じる時だって好きだって気持ちがそれを続けることを支えてくれる。

楽しくてやっている時だって好きって気持ちが根底にあれば、その取り組み方も自然と前のめりになって集中して取り組むことができる。

それだけ好きという気持ちの持つパワーは大きい。

 

逆に好きだという気持ちがないことで向いていないなと感じることがあれば、無理して続けているとイヤな気持ちにしかならない。

前向きな気持ちが少しも湧かないから、やっていても楽しみもあまりなければ、何か自分の身になるようなこともないだろう。

自分から進んで工夫することもなく、辛い時間ばかりが過ぎていってしまう。

 

仕事の上で仕方なく引き受けていることや、人に勧められてしぶしぶやっているようなことや、他にできる人がいないからってやらされていること、これは全てきみが好きでやっていることじゃない。

その場の流れでなんとなくしょうがないからやっていることを向いていないと思うなら、それは潔くやらない方がいい。

どれだけ苦労してそれをやり遂げたとしても、得られるものは少ないから。

 

好きじゃないのに向いてないと思いながらも続けていても、自分の中に何も蓄積されていかないから、しばらく時間が経てばそんなことをやっていたことすら忘れているだろう。

覚えていたとしても、イヤなことをやらされ続けたというトラウマとしてしか記憶に残っていない。

こんなものがきみの人生に後々活かせるかっていうと、そんなことは無理は話だ。

 

限りある人生の時間を使うんだったら、そんな自分のためにならないようなことに使わないでもいい。

自分が好きだって気持ちを持てるようなものに時間を使って、それでも向いてないと思う時にこそ忍耐力を発揮すればいいんだよ。

きみにはどうやって生きていくか選ぶ力があるんだからね。

 

 

辛くなったらまたおいで。

それでは。

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