燃え尽き症候群でもいい

目標を持ってそれに向かって、成し遂げた時の達成感って意外とあっさりしたもの。

何だろう、もっと何か変わるはずなのにっていうがっかり感と、やっぱり出来たっていう達成感が混ざったような感情だ。

 

何よりも別にそんなに嬉しくないことに気づいてしまうことが一番ダメージが大きいのかも知れない。

好きだから、やりたいからってやっていたと思ってたのに、別に嬉しくないってことは本当は好きじゃなかったのかも知れない、なんて自分を疑い始めてしまう。

 

そんな時はそろそろ違うことに挑戦するタイミングなんだ。

燃え尽きた後の燃えカスの中に何かが見つかるはずだよ。

 

燃え尽きたってことはやりきったってこと

燃え尽きるまで何かをやったということは、それをやりきったってことになる。

燃え尽きるほどやりきった後には後悔なんか残っていないだろう。

 

縛られていた思いから解放されて自由になった時っていうのは、自分がひと回り大きくなったってことでもあるし、それに連れて今まで見えていなかったものが見えてくるということでもある。

 

それに何でもいいよと言われると何かを決めることが難しいように、燃え尽きるほどやりきって、自由になってしまうと、次に何をしたいか決めるのも難しいものなんだ。

しかも、しばらく前に決めた目標に向けて頑張っていると、大きな目標を探すクセもなくなっている。

 

特に自分の中で大きな区切りとなる目標をクリアした時は、こうやって燃え尽きて次の目標を見失ってしまう。

 

目標を見失っても挑戦を続ける

目標を見失ってしまっても挑戦を続けることはやめないこと。

何かやっていないことはないか、出来そうなことはないか、やりたいと思うようなことはないかと考えるのを止めると、そこで成長も止まってしまう。

 

何か少しでも自分にとってのプラスを探して挑戦し続けよう。

0ではなく確実に前進していることに大きな意味があるんだから。

 

世の中の格言や名言、映画や本でもたくさん言われていることだ。

それだけ人類にとって、ほんの少しでもプラスを積み重ねていくことが大事なことであるという絶対的な法則があるんだから。

 

法則ってものはより正統性のあるものが新たに見つからない限りは基本的にくつがえることはない。

そのルールに身を任せれば同じ結果が得られるということだ。

 

だから目標を見失っても挑戦は続けるんだ。

 

挑戦を続けることで見えることがある

目標を見失ってからもとにかく思いついたことに挑戦していると、そのうちにパッと道が開けるような感覚になる。

近いところにある目標を追いかけ回しているうちに、だんだん余計なものが自分から出ていくんだ。

 

多すぎる選択肢というのは時に判断を迷わせる。

でも挑戦して、その多すぎる選択肢をどんどん消化していくと、その分選択肢が少なくなっていく。

そうやって選択肢が少なくなってくるとようやく本当に自分のやりたかったことが見えてくる。

 

ここまで来ればもう迷うことはない。

また大きな目標に向かって突き進めばいい。

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